旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

夜行列車の考察 ~長距離夜行の需要はなくなったのか~

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本当に需要はなくなったのか

 1980年代までそれなりに旺盛な需要があった夜行列車も、1990年代に入ると利用者は激減していく。ついには、「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」といった豪華な設備を誇る列車を除いて、ほぼ毎日のように空席が目立つようになり、走らせれば走らせるほど、利益が上がるどころかコストがかかる、いわば「お荷物」的な存在へとなっていってしまった。

 2000年代に入ると、それはさらに顕著になって現れ、とうとう列車の廃止が始まっていく。伝統の「あさかぜ」は2往復から、1往復に削減。東京-熊本を結んでいた「みずほ」は廃止。大阪発着の夜行列車も整理統合が進んでいく。そして、ついに東京-長崎を結んでいた「さくら」と、同じく西鹿児島を結んでいた「はやぶさ」が併結運転になった。2000年半ばには「さくら」を廃止して、残った「はやぶさ」と「富士」を併結。客車も24系から14系へと変更された。
 もともとB寝台を二段式にした24系25形は、「はやぶさ」や「富士」のグレードアップ用に造られたものだったが、皮肉にも併結運転をするために、設計・製造がやや古い14系へと「先祖返り」してしまった。

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開放式二段B寝台は天地方向に広がったが、寝台幅は70mmのままだった。一般的なホテルのシングルベッドは110mm程度と2、居住性は1990年代に入り陳腐化したといえる。スハネフ14 20 ©Norichika Watanabe

 

 もはや、こうなると手のつけようもなく、ついには伝統の列車は姿をけしていく。

 では、夜行列車は本当に需要がなくなったのか。
 実際には、夜行で移動をする旅行客は減っているとは思えない。というより、むしろそれなりの利用者もあったし、既に全廃になった今日でも夜行で長距離を移動する旅行者は存在している。
 夜行列車最大のライバルである、長距離高速バスの存在だ

 夜行列

車の最大の特徴は、出発地を夜に出て、到着地に翌朝着くというもの。その間は、列車の中で体を横にして休めるという、他の交通機関では真似のできないものだった。加えて、夜の間に長距離を移動し、翌朝には目的地に着くことができるので、時間を有効に使えるということだった。
 ところが、そんな夜行列車の最大の長所も、次第に薄れていくことになっていく。
 整備新幹線により、日本の新幹線網は延伸と発展の一途をたどっていったが、それでも、新幹線に夜行列車の設定はない。いや、正確には夜行で新幹線を走らせる計画はあった。その実現に向けて、わざわざ試作車である961形電車を制作し、広さに余裕のある車内を生かし、営業運転を想定した寝台設備を設置していた。
 もっとも、新幹線を走らせることで発生する騒音が問題になり、沿線住民から訴訟を起こされ国鉄も対応に苦慮していた。それを深夜に走らせるとなれば、さらに問題を悪化させてしまう。それもあって、構想は実現することなく終わってしまった。
 新幹線の最大の長所は、在来線よりも高速で走り、短時間で都市間を結ぶことができるので、夜行新幹線の必要性もなかったのかもしれない。日中の運転で、ことは足りてしまう。

 その新幹線。平日の日中に利用した方ならお分かりかと思うが、とにかく出張で利用しているだろう、ビジネスマンの姿を多く見かける。それだけ、長距離を移動する人は多いということだ。
 技術の進歩、特にパワーエレクトロニクスの急速な発展により、高効率で強力なモーターを装備した車両が開発できるようになったことから、ダイヤ改正の度に、最高運転速度も向上し、所要時間も昔とは比べものにならないほど短くなっていった。
 一定の都市間を長距離移動する利用者にとって、新幹線は運転頻度の多さと、所要時間の短さが利用しやすい交通機関となっていったのだった。わざわざ、深夜に出発する夜行列車を利用し、ホテルとは比べものにならない幅の狭い寝台で寝ながら、高い料金を払い、時間をかけてまで利用する意味が薄らいでしまったといってもいいだろう。
 そんな夜行列車の最大の脅威は、同じ鉄道である新幹線と、そしてコストパフォーマンスに優れた夜行高速バスの存在だ。

同じJRがJRの乗客を奪う!?

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中国JRバス 三菱ふそうエアロキング高速バス「京浜吉備ドリーム号」専用車 ©Mutimaro Wikipediaより引用

 

 私が前にいた職場に、長距離恋愛をしている女性職員がいた。
 もともとが関西地区の出身なので、お相手は中京圏にいるとのこと。
 愛し合う男女、しかも若いお二人にとって、休日に会いたいという気持ちはとても理解できる。しかし、新幹線で2時間半とかける時間は少なくなったとはいえ、もともと割引率の低い新幹線を使っての逢瀬は、毎週のごとく往復するのはお財布も寒くなる。

 デスクで仕事をしながら話をしていると、
「この週末も、彼氏と会うんです」
「いいね。でも、先週も出かけていたよね?毎週だと、旅費もばかにならないでしょ?」
 元JR職員だった私は、新幹線の運賃と料金の金額を把握していたので、給料もそこそこしか貰っていない、しかも都会で一人暮らしをしている若い女性職員にはかなりの出費だと、想像に難くなかった。
「いえ、そうでもないんですよ」
「でも、新幹線でしょ?片道1万円はかかるよなぁ」
「いいえ、新幹線は使いません」
「え?新幹線じゃないの??」
「東京から出ている高速バスで行くんです」
 その会話から、私はなるほどを思った。収入はそこそこの若い人にとって、新幹線はよほどの時でなければ利用しない。代わりに、夜行の高速バスを使えば、片道1万円もかからない。しかも、早めにチケットを購入すれば、飛行機のように割引運賃で乗ることができる。
 しかも早朝に目的地に着くので、現地でたっぷりと会う時間も確保できるとなれば、彼女にとってこれ以上の幸福感はないだろう。
 一度だけ、その女性職員にせがまれて(?)、夜行高速バスの出発地である東京駅八重洲口に、車で送っていってあげたことがあった。もちろん、先輩として仕事や彼氏との悩みの相談に乗りながらではあるが(笑)
 その東京駅八重洲口につくと、驚くことに夜行高速バスの利用者で混雑し、しかもひっきりなしに大型バスが発着している。しかも、そのバス。青と白の塗装に「ツバメ」のマークが描かれた、JRバスがほとんどだ。つまり、同じJRの夜行列車の乗客を、すべてではないにしろJRのバスが奪っていたという構図が成り立っていたと考えられる。

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 ほかにも、当時は「ツアーバス」という格安の夜行高速バスも存在した。細かいことは別の機会に置いておくとして、関越自動車道のツアーバス事故を契機に、路線バスまがいのツアーバスの安全性を問題視して、今日ではすべて姿を消していったが、やはり若い旅行者には人気だったようだ。
 つまり、夜行列車の最大のライバルは、夜行高速バスであったといってもいいだろう。しかも、鉄道会社であるJRの子会社のJRバスが、その運賃の安さと利用しやすさから、夜行列車の乗客が転移していったとは、なんとも皮肉な話しだ。

 だが、一つだけ確実にいえることがある。
 それは、夜間に長距離を旅行する人は、間違いなく存在しているということであり、需要がなくなったということではない。むしろ、まだまだそうした旅行者は存在するが、利用者の「実態」が変化したということになるだろう。