旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

夜行列車の考察 ~商品価値を重視した対北海道列車~ その2

北斗星」よりさらに充実した商品価値を求めた「トワイライトエクスプレス

 その「北斗星」の成功からおよそ1年後。JR西日本は大阪-札幌間に新たな夜行列車の運行を始めた。「トワイライトエクスプレス」がそれである。いわゆる日本海縦貫線を走破し、青函トンネルを抜けて札幌へと向かう列車であるが、こちらもまた内装にかなりの力を入れている。

 「トワイライトエクスプレス」は「北斗星」同様に個室中心の客室設備としたが、こちらもまたヨーロッパの豪華列車を意識した内装になっていた。特に、下り列車の大阪方に連結される最後尾(1号車)のスロネフ25形は大きな話題を呼んだ。
 従来の客車列車は、最後尾には必ず緩急車と呼ばれる車掌室を備えた車両が連結される。そして、その車掌室は車掌による後方監視を目的に、列車の最後尾に位置するようになっていた。前述の「北斗星」でも、その慣例は守られていたが、この「トワイライトエクスプレス」はその慣例を破り、客室と一体化して後方展望そのものを商品化したのである。
 この「スイート」と呼ばれた個室A寝台は、リビングとツインベッドをそれぞれ別室にした仕様で、いわばホテルのスイートルームのような構成であった。その「スイート」は1両にたった2室しかない。言い換えれば、1両の乗車定員はたったの4名という、前代未聞の車両になったといえる。もちろん、料金もそれなりの設定になり、値段は1室50,000円であった。
 しかし、客車の半分をホテルのスイートルームのようにした設備、特に最後尾からの展望は好評だったようで、この寝台券はまず入手が不可能な超プラチナチケットとまでいわれた。他に、B寝台も個室は入手困難であった。実際、私も何度か乗車を試みようとしたものの、やっと取れたチケットは開放式のB寝台だった。*1

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函館運輸所で「昼寝」をする「トワイライトエクスプレス」用のオハネフ25 502。2006年7月に発生した奥羽本線上の土砂崩れにより運休となって、函館に留め置かれた状態になっていた。本当なら、この列車に乗るはずだったのが悔やまれる。©Norichika Watanabe

 食堂車もまた、「北斗星」同様に豪華な内装と、列車のイメージに合わせたメニューで好評であったようだ。食堂車にも名称をつけ、「ダイナープレヤデス」と名付けられ、ヨーロッパを走る列車のような雰囲気であった。そして、この食堂車の営業時間は、「北斗星」とは異なり「ランチタイム」という時間帯が設けられていたという。提供されるのはカレーライスなどの軽食ではあったが、それでも昼間の時間帯に食堂車で食事が楽しめる列車は、この「トワイライトエクスプレス」だけであった。その理由は、「トワイライトエクスプレス」の所要時間が大きく関係していたといえる。大阪を12時に発車し、札幌到着は翌日9時3分であり、21時間3分と最も長い所要時間であった。そして、12時に発車するという時間帯もあって、「ランチタイム」が設定されていた。
 もう一つ、「トワイライトエクスプレス」がそれまでの夜行列車と一線を画するものがあった。それは外観だ。夜行列車といえば青色の塗装を身に纏った列車、というのがそれまでのイメージであり常識であった。「トワイライトエクスプレス」はその常識を打ち破り、深緑色に金色の帯を一本巻いたデザインとした。これもまた、ヨーロッパのオリエント急行を意識したものであった。
 ただし、「トワイライトエクスプレス」は完全な定期列車ではなく、あくまで臨時列車として運転されていた。繁忙期は毎日運転されるが、それ以外はほぼ隔日の運転とされていたことが、さらにチケットを入手困難にさせていたといえる。もっとも、その困難さが話題を呼び、その豪華な内装とともに人気の列車であり続けたといえる。
 無論、こうしたJR西日本の「トワイライトエクスプレス」のサービス水準もまた、「北斗星」と同様に夜行列車への「商品としての価値」を重視したものであるといえる。21時間以上も車内で過ごすことになる利用者にとって、無機質で実用本位の車内設備では、利用者もすぐに離れていってしまう。そうなれば、他の夜行列車と同様に、利用者離れが始まり凋落を加速させるだけであったと考えられる。同じ轍を踏まないために、「北斗星」の成功と利用者のニーズをしっかり把握した結果、このような車両を登場させるに至ったと考えられる。もっとも、ベースとなったのは国鉄から引き継いだ24系25形客車ではあるが、思い切った付加価値をつけることで他との差別化を図ることで、最後まで人気の絶えない列車にまで成長していったといえる。

対北海道夜行客車列車の決定版「カシオペア」の登場

  対北海道夜行客車列車を語る上で、もう一つ避けては通れない列車がある。それが「カシオペア」だ。「カシオペア」は上野発の第三の夜行列車として、1999年から運転が開始された。
 ところが、この「カシオペア」はすべて新製された車両で運転された。21世紀も目前に迫り、夜行列車の衰退が進行し列車そのものの統廃合が進む中、客車を新しく製造すること自体が衝撃的であったといえる。

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1999年から運転が開始された「カシオペア」。JR移行後、初めて新製されたE26系客車は軽量ステンレス構造の車体にボルスタレス台車を装備するなど、当時の新技術を取り入れた。同時に「北斗星」「トワイライトエクスプレス」の経験を生かし、車内設備はさらに充実したものとなり、最後尾に連結されるスロネフE26形には、展望室の「カシオペアスイート」が設置され話題を呼んだ。©Norichika Watanabe

  「北斗星」「トワイライトエクスプレス」に続く「カシオペア」は、車体も時代に軽量ステンレス構造で、台車もボルスタレス式のものを採用するなど、当時に最新技術を取り入れたE26系客車であった。
 このE26系客車はなんと言っても、一部を除いてすべて二階建構造、それも個室A寝台のみで構成された車内設備が大きな特徴であった。個室B寝台との差別化をするために、すべての部屋に洗面台とトイレを備えていたことは大きい。また、食堂車も二階建構造とし、1階部分を業務用室と通路、2階部分を食堂、車端部を厨房にした構造で、食堂車を通過する人を気にせず、しかも2階からの眺めのよさもありゆったりと車窓を眺めながら食事を楽しめた。

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【上段】「カシオペア」のダイニングカー(食堂車)の朝食。写真は洋食であるが、他に和食御膳も選択できた。【中段】電源車となる札幌方のカハフE26形を除いてすべて二階建構造としたので、ダイニングカーであるマシE26形の食堂は眺めのよい2階に設置され、明るい雰囲気で車窓を楽しみながら食事ができた。【下段】「カシオペア」はすべて個室A寝台の設定になったため、最も設定の多い「カシオペアツイン」はメソッドタイプであるにもかかわらず、すべての部屋にオーディオセットと化粧室が設置されている。

  この他にも、下り列車最後尾に連結されるスロネフE26形は、前述の「トワイライトエクスプレス」同様、展望室タイプ1室とメソッドタイプの「カシオペアスイート」と呼ばれる個室を3室備え、乗車定員は8名という「トワイライトエクスプレス」に匹敵する設備をもつもので、登場当時は大きな話題を呼んだ。寝台料金は1室52,440円であったが、こちらも人気となりチケットの入手が困難であった。
 もちろん、他の対北海道夜行客車列車と同様に最も多い「カシオペアツイン」と呼ばれるメソッドタイプの二人用個室も、寝台料金が27,460円と二人用個室B寝台である「デュエット」が12,960円に対して割高であったにもかかわらず、こちらも入手困難であった。それだけ、日常では味わえない、ゆったりとして夜行列車での旅を楽しむ、というコンセプトが観光を目的とした利用者のニーズに当たったのは間違いないといえる。
 これらの列車は、北海道新幹線建設工事の進捗に伴う工事時間帯の確保から、列車の運転本数を減らし、さらに青函トンネルの電化方式が従来の交流50Hz20kVから新幹線用の交流50Hz25kVへ変換されるのを機に、絶大な人気を保ちながらも「北斗星」が2015年3月13日発車分をもって定期列車としての運行を終え、臨時列車扱いとして運行されてきた「トワイライトエクスプレス」も2015年3月12日発車分をもって運行を終えている。さらに残った「カシオペア」が単独で対北海道夜行客車列車として運行されていたが、それも上野発が2016年3月19日に、札幌発が翌3月20日をもって運行を終了した。

 これら対北海道夜行客車列車に共通していえるのは、時代の変化による利用者のニーズをしっかりと取り入れ、対抗する航空機などの他の交通機関にはない鉄道のよさを前面に押し出した商品作りをしたことであろう。
 確かに目的地までの所要時間は、航空機や新幹線の前には敵うはずもない。17時間~22時間近くも列車に揺られ、悪くいえば閉じ込められるのである。その長い乗車時間を逆手に取り、日常では味わえない時間を提供するというコンセプトは、観光を目的とした利用者にとっては魅力をもたせなければならない。
 そのために、個室寝台を中心とした構成にし、高級ホテルを思い起こさせるような内装とメニューの食堂車、さらにラウンジを思わせるロビーカーなど、よい意味で贅をこらした車両とサービスは、まさに夜行列車の「商品としての価値」を高めたといってよいだろう。そうしたJRの商品づくりは的中し、運転を終了する直前まで利用者が絶えることがなかったのはその証左でもある。
 このように、利用者のニーズをしっかりと捉え、そのニーズに応える商品としての価値を夜行列車に盛り込んだことは、連綿と続いてきた国鉄の伝統から脱却した証でもあり、民間企業ならば当たり前のことを成し遂げた意味は大きいといえる。

*1:B寝台券の入手には成功したものの、2006年7月に発生した大雨の影響で、羽越本線小岩川駅 - あつみ温泉駅間で土砂崩れによる不通となり、トワイライトエクスプレスも運休となって「幻のチケット」となってしまった。